テレビ探偵団探偵団

懐かしの『テレビ探偵団』を振り返る

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力道山巨人の星スター千一夜

ゲスト:金田正一


長嶋4打席4三振、400勝達成、ロッテ日本シリーズ優勝のVTRが流れ、
小脇に何か抱えた金田正一が登場。
三宅「えー、改めてご紹介したいと思いますね。金田、正一さん。
   しょういちさんじゃないんですよね。まさいちさん」
金田「うん、まさいち。昔の名前、フフ」
三宅「あの、金田さん、今日は、なんですか、これ?」
金田「これはね、え~~、なんてーのかね、昔は、テレビ出ると、
   こうやって、真説に、作って渡してくれたん」
三宅「あ。まだVTRが無かった時代だから」

解説しますと、金田が持ってきたのはキネコフィルム。
ビデオが普及していなかった時代の放送記録方法の一つで、
要はテープではなく、フィルムに放送映像を記録する方法ですね。
この方式で残した映像もそこそこ有ったようですが、当時は
テレビ番組は一回流したら終わりという考え方でしたので、
本気で保存を考えていた人間が局側におらず、
信じられない事に、放送後捨てたりしていたようです。
ハナ肇が本番組に出演した時は、そうしたものを貰っていい?と尋ねたら、
二つ返事で貰えていたと述懐してコレクションを披露してました。
この金田が持ってきた初期の『スター千一夜』では、
記念に出演者にあげていたようですね。
いずれにしても、局で保存するという考えは皆無だったわけです。

金田「ちょんと残すように。今は全然くれない。くれるかな、今でも?」
三宅「いや…この番組は、あげますよ」
金田「そう? ありがたいですね」
三宅「ビデオが今ありますからね」
金田「だから大切に大切にしてんのよ。
   昔はフィルムでね、今の様にこう、便利なビデオと違うのよ」
三宅「なるほどー。じゃあ、非常に貴重な、
   これはフィルムという事になりますね?」
金田「そうですよ」
三宅「はい。じゃあこれは後でですね、
   ゆっくり見せてもらう事に致しましてですね、
   今日はあのー、テレビ探偵団というこの番組なんですけども、
   金田さんとですね、テレビの出会いっていうのはどうなんですか?
   もう、30年ぐらい、経つんですけどね、テレビが、できてから」
金田「とにかくね、野球、昭和25年に入って、28年に初めて、
   テレビが、開局されて、放映するようになられたから、
   だからテレビが始まる前から野球やって、
   その時もう有名人だったんだよ。(会場笑)
   今はね、テレビで有名になる人多いけど、私はテレビの無い、
   前、から、」
二人「有名人」(会場笑)
三宅「これは珍しいですねー」
金田「拍手、拍手。拍手が無いゾ。 (拍手)
   いやいや(笑)」
三宅「しかしあれですね、あのー、テレビが無くてスターになるなんてのは、
   まみちゃんなんかはもう、とても想像も出来ないでしょう」
山瀬「そうですね。でも、あたし金田さん知ってます」
金田「ウソだ?」
山瀬「金田賢一さんのパパでしょう?」
金田「(大笑)」
三宅「賢ちゃんのパパですねえ」
金田「アリガトウ(皮肉)」
三宅「今日はこのパパにですね、テレビが生まれる前の話を、
   いっぱい、聞きたいと思います」

(CM)
この頃はマドンナが、Mのビデオという事でキャラクターになってました。
ハイファイビデオ、HV-F11のCM。
10/21~12/20までに当該機種を買うと、マドンナグッズをプレゼント。
もう一つも当時よーく見た、萩本欽一の『霧ヶ峰』のCM。
男の子と二人でバスローブ姿の「いつも なぜか 丁度いい」編。

三宅「僕なんかもですね、テレビを初めて見た時っていうのは
   凄い衝撃的だったんですけども、金田さんの場合は、
   テレビを初めて見たっていうのは…どう…」
金田「いや、初めて見たっていうよりね、テレビ映るよっていう時ね、
   画面からテレビが映ってくるっていうた時、信用できなかったもん。
   なんで人間が、画面に出てくるんだという事からね。
   なんせ科学音痴なもんだからね、信じられなかったの」
三宅「まあ、そうですね。
   僕らはもう、物心ついた時からテレビが有りますからね。
   感覚わかんないですけども」
金田「わかんないでしょう?」
三宅「いろんな、予想はするわけですか?テレビ出てくるって噂があった時」
金田「今言った様に、どうして人がね、こんな画面に映ってくるかって、
   自分、想像できる?」
三宅「いやだから、テレビカメラがあって…」
金田「いやだから、なぜ、人が映ってくるの、こうして。
   なぜ、この醜い顔が… いや、醜いじゃない(笑)」
三宅「醜い顔って言ったら急に今、金田さんの顔になっちゃったじゃないですか」
金田「何を言うー(苦笑)」
三宅「あ。そういう事を不思議に思ったと」
金田「だから、想像してもね、想像しきれなかったっちゅーかねぇ。
   信じられなかったねえ」
三宅「なるほど。まあ、今見てる僕らもですね、
   その、開局当時の事っていうのはよくわかりませんので、
   その開局当時のですね、ぜひVTRを、ちょっと見てみたいと思います」
金田「へぇ~、懐かしいなァー」

日本テレビ開局の昭和28年8月28日の模様を記録したフィルムが流れる。

三宅「これは野球中継ですね」
金田「野球中継。ながーいカメラでねえ」

画面には阪神の伝説的強打者、藤村富美男の動くユニフォーム姿が!
これは非常に貴重な映像と言えましょう。打率.264と出ています。
画面撮りなのでボケボケなのが残念ですが…

金田「藤村さんですよー。阪神の藤村さん」
三宅「これがなんと、街頭テレビを見てる人達ですからねー」

街頭テレビにたかる群衆を映し出します。大口を開けて笑う人々。
読売新聞社主・正力松太郎一世一代の大博打、街頭テレビ。
民間企業からCMを募る事により無料放送を実現するためには、
それだけの告知効果がなければ、企業側も振り向きません。
そこで正力は、街中にテレビ受像器を設置してデモする策を考案。
これにより、受像器普及世帯は少なくとも、告知効果を出しました。
しかも、テレビという機械の持つ魅力のPRにもなるという一石二鳥。

三宅「これはでもー、皆さんももう、信じられないと思いますけどね」
金田「なぜこうなるかっていう事はね、テレビが滅多に無いのよ。
   その機械が。だからそれが一ヶ所あるとたむろってみんなで見るの」
三宅「金田さんはでも、その当時からスターだったって事は…」
金田「以前からって言ってんの」(会場笑)
三宅「以前から。
   以前からね? テレビが出来る前から」
金田「そうーです!」
三宅「という事は、ああいう風に街頭テレビを
   みんなと一緒に見た経験っていうのは無いんでしょうね?」
金田「無いよ。映されてる方だから(苦笑)」
三宅「そんな中入ったら大変ですもんね」
金田「そうよ。目立っちゃって大変だけどね。
   だからそういう風にね、なにかこうー、テレビっていう
   物珍しさに、みんながこう、注目していった時ね。
   いろいろなこう、スターがどんどんどんどん…
   だからテレビスターという… テレビによって
   祭り上げられていく番組がいっぱい出来てきたんだよね」
(浅丘ルリ子との雑誌対談時の写真が出る)
三宅「まああのー、この頃のあの、写真って言うんですか。
   なんかみんな、わりとほら、雑誌とかの表紙とか、
   ポーズが割と、似通ってたと思いません?」
朝井「決まりポーズっていうのがありますよね」
金田「これはでもね、もう一つはね、フィルムがまだ、たくさん無い時だから。
   今みたいにジャカジャカジャカジャカって撮りゃせんの。
   一つ、一枚をもう、大切に」
朝井「あと、金田さんとか、ピッチャーの方の場合って、必ず
   こういうとこ(腕を振り下ろす途中)で止まってますね」
金田「(立ち上がって) その時はね。こうじゃなくてね。
   我々よくやってたのは投げたあと(ポーズ)」(会場笑拍手)
三宅「そこですか」
金田「そう。はよ写れ、はよ写れってね。はよ写せ写せって請求したもの。
   なかなかね、遅いヤツはよう撮らんのよ」
三宅「ま、金田さんはスチールの他にもですね、
   いろんな番組のゲストにも出演なさってたと思うんですけどね」
金田「あったねー。えとね、ジェスチャーとかね、それからあのー、
   シルエットクイズ。それから紅白歌合戦の審査員!」
三宅「これは凄いですね」
金田「その時の審査員はね、滅多に出られないの。
   その時に一緒に出た人が相撲界の…双子山親方で、
   若乃花と言われた時に、二人が出てね。
   どっちもこう、破竹の勢いの人だから、
   フンー。 もうねぇ。 フンー。(ふんぞり返って)
   もうね。つっかえ棒がいる様で、フンーって感じでね。
   今はもう大変だ。 『(腰低くして)ヤアヤアヤア』」
三宅「その中でも、極めつけのもう一度見たい番組ってなんでしょう?」
金田「これはね、スター千一夜って番組覚えてる?」
山瀬「え???」
三宅「覚えてない?」
金田「えー、その番組でね、この番組に出るためには余程の!
   スコアじゃないや(笑)、成績を残さないと、出られない、
   スター千一夜なの。 そこでね、私あのー、力道山と、
   それから大鵬。 まだ、関脇の時にね、三人で一緒に出てるの」
三宅「ほぉー。 凄い組み合わせですね」
金田「これは、貴重なの! 持ってる人いない」
三宅「金田、大鵬、力道山」
金田「そう!」
三宅「これで卵焼きが有ればねえ、もう…」
金田「(笑)」
三宅「今で言えばですね。江川、アントニオ猪木、千代の富士…
   ま、これ以上ですかね」
他の二人はともかく、江川と金田を置き換えるのはあまりに無礼かと(苦笑)。
金田「スケールが違う、スケールがぁ!」

ここで冒頭に金田が持ってきた金田家秘蔵のフィルムが流されます。
これだけの豪華な顔合わせ。保存しようとしない局の姿勢も疑問ですが、
取り敢えずはこうして残っていたのですから幸いです。
昭和38年放送『スター千一夜「記録に挑む」』

金田「金田正一、30歳」
三宅「漫画で描かれる顔っていうのはこの当時の、
   お顔かもしれませんね、金田さん」
金田「中畑がちょっと僕に似てない?」
三宅「あ。あー、似てますね」
金田「ねえ? オッチョコチョイは大体共通点があるから」
三宅「やっぱり…三十歳の当時も金田さんはリーダーシップをとって…
   よくおしゃべりになりますねえ」
金田「ようしゃべっとるねえ」

三宅「僕なんかですね、力道山の試合は見てますけどね、
   ああやって対談でしゃべってるっていうのは…
   滅多に見られないですね」
金田「貴重なフィルムだねぇ。この力道山っていうのは本当にねえ、
   今日のテレビ普及したっていうのは、
   リキさんの貢献度っちゃ、大じゃないの?」
三宅「じゃ、力道山の試合を、ちょっと見てみたいと思います」
金田「あるの?」
三宅「あるんです」

(昭和31年 力道山・遠藤幸吉vsシャープ兄弟)
力道山の動きが速い。
そして空手チョップを放ってダウンした相手をフォール。
この時、沖識名が力道の上にかぶさりながらカウント (^▽^;

三宅「これ、レフリーがなんか腰抑えてません?
   これちょっと… ちょっとズルいんじゃないですか、今の!」
金田「(大笑) 面白いねえ!
   そんなもん、昔見たって気が付かなかったけど、
   今のテレビ…新人類って随分違うんだねえ!」
三宅「泉さんなんかどうでした?」
朝井「力道山が出てから黒タイツが流行りましたね。
   で、黒タイツで要するにプロレスごっことか…。
   あと沖識名ってのは必ずシャツ破かれますでしょ」
金田「そうそうそう。 よく覚えてんねー」

ここで金田さんの番外編と称して、アニメ『巨人の星』OPが流れる。
金田「♪ お、も、い、こんだら、試練の、み、ち、を。
   いいなー」
三宅「それで金田さん国鉄やめちゃったんですよね」
金田「そうそう(笑)」
三宅「やっぱり野球の選手っていうのは見るんでしょうかね?
   こういう野球のアニメっていうのは」
金田「そりゃー見る見る。 最高に良かったー。 泣いた泣いた」
三宅「泣きましたか?」
金田「泣いた泣いた」
三宅「泣きましたか、こういうの見て?」
金田「泣いた泣いた」
三宅「泣きますか」
金田「そうですよ」

OPが終わって名場面。いきなり飛雄馬が
「金田さん!」と金田の腕をつかむシーン(笑)。

三宅「これはですね、球が軽いと言われて変化球無しでは
   生きていけないと言われた星飛雄馬が、
   金田さんに、変化球を教わりに行くとこです」
金田「おー、なるほどぉ」

アニメ金田の決めセリフ
「どアホォ! 近頃の若い投手がなっとらんのはそれや!
 楽して手先のピッチングで逃げようとするこっちゃ!」

三宅「いいシーンですねえ、これ、なかなかいいシーンじゃないですか」
金田「おい、待てよォ。 今の声は… だ、誰の声?
   でもそんなね、あんな言い方しないよ、私が言う時は」
三宅「いや…よーく特徴つかんでると思いますけどねえ」
金田「つかんだけどねえ、私にはね、厳しさの中に、優しさがあるの」
そこでアニメに合わせて実物に当てレコして戴く事に

金田「野球はそんな甘いモンじゃない。
   とにかくよく練習をして、人一倍!練習して、頑張るんだ!
   それより…絶対に野球は…
  (ここで飛雄馬のセリフになってしまう)
   頑張れ! (会場笑)

   どう? 情があるでしょ?」
三宅「そんな多くなかったでしょ、言葉数」

(CM)
37型テレビ・ワールドスクウェア。映像浴。
ブラウン管の限界値とも言えたこのサイズのテレビが高嶺の花でした。
Hi-Fiビデオが本格的に普及し始め、自宅AVが脚光を浴び始めた時期です。

ファンヒーター、ダンファン。おそらくアイドルの誰か。
ちょとわかんないです。おそらくB級と言われる存在かと。

・なつかCM (昭和56年 片岡物産・バンホーテン)
ノックする90番・長嶋監督。
長嶋「狙ってます。今年もVです。VAN HOUTEN」
♪ チョコレートドリンク~
しかしバンホーテンと言えば ♪ ココア長嶋バンホ-テン ですよね。
そっちを見たかったです。

・私だけが知っている 野球選手CM特集
金田正一(昭和55年 アートネイチャー)
♪ アートネイチャ~
金田「そのうちに、お世話に、なります!」

王貞治(昭和58年 亀屋万年堂・ナボナ)
1番のユニフォームを着た王
「亀屋万年堂のナボナは、お菓子の、ホームラン王です」
背広姿の王にナボナの箱を渡す
「今でもナボナは、やっぱり、お菓子のホームラン王です」
自由ヶ丘・亀屋万年堂の文字
「お土産に、一番」
これもね、初期の頃のCMソング付きのやつを見たかったです。
♪ ソフトでふんわり ナボナナボナ
  みんながニッコリ ナボナナボナ
  ナボナーぁ ナボナナボナ  ってやつね。

三宅「王選手は10年ずっと棒読みなんですね」
金田「これを称してね、天は二物を与えないっていうの。
   わかりますかあ?
   野球は上手いけど、コマーシャルはできないっていうのはね、
   これでいいんですよ」
三宅「いいんですかねえ?」
金田「いいんです! これが上手かったらもう役者ですよ」
三宅「いやでも、金田さんの驚き方、かなり上手かったですよ。
   野球の選手の表情じゃないですね」
金田「アレは自然」
朝井「けっこうね、でも、王さんみたいな不自然な木訥さがね、
   味があんじゃないかと」
金田「そうそう。そうです」
朝井「最後はもう、極めつけです」

元読売ジャイアンツ・土井正三と当時横浜大洋監督・土井淳
(昭和53年 カメラのドイ)
二人「おや。土井さん、あなたも。
   やっぱり、カメラはドイですなー」
正三「安いから二台買いましたよ」
淳 「ないなに土井さん、私はね、三台ですよ」
正三「なぬー。私は四台買いましたよー」
淳 「何を隠そう私は五台」
正三「あれあれ私はもう二台ですよ」
次々と横からカメラを渡される二人
ナレ「ヤアヤア土井さん。やっぱりカメラは、ドイですなあ。
   カメラが安い、ドイに限りますよ。 ねえ?土井さん」
二人「ドイですよ。 ドイしかない!」
二人の演技?がたまらなくおかしいです(笑)。

朝井「土井さんがねえ、最後スタッフの方見てニヤッと笑うんですよ」
三宅「そうそう。照れ笑いするんですよねえ」

・金田が本格的にタレント活動を始めた昭和43年のヒット曲
『恋の季節』(ピンキーとキラーズ)を、
TBS『歌のグランプリ』の映像から流して終了。
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